近頃のスマホのFHD、2K解像度は高すぎる…経済学的理由

2018-11、私はスマホ「ASUS ZenFone Max (M1)」を購入した。

今まで使っていた「g07++」はFHD相当の解像度で、その画面がとても鮮明だったので手に入れたときは驚いたのを憶えている。
一方で本機は1440*720とFHDの半分の解像度だ。
購入前には「スマホの画面にFHDの解像度を搭載するのは無意味」と考えていたのだけれど、さすがに判別できる程の差があるだろうとは思っていた。ところが実際は鮮明さに違いがなかったので拍子抜けした。

やはりスマホにFHD以上の解像度は無用の長物なのだ。それどころか消費電力や処理負荷が上がるので欠点になる
だから、Max (M1)を手に入れてから「この世にFHDのスマホが存在する理由がわからない」とすら思った。

私からすると、この1440*720の解像度でも過剰だ。480pでも十分なのではないだろうか。そう思って解像度1080*720未満のスマホを探してみたら、ほんの僅かに存在した。でもそれらはすべて5Inch未満であり、5Inch以上のものは一つも見つからなかった。

それどころか、現実には低価格帯の製品ですらFHDの解像度を搭載しているのが当然となっている。これは不思議だ。
その理由として私が推測するのは、解像度が「一般人がスマホの総合的性能を評価する上で重視されやすい」指標ということだ。
一般人はハードウェアについて詳しい知識を持たないので、スマホの性能を評価する際に参考にする指標として解像度のような定量的に評価することができるものに偏重してしまう傾向がある。
メーカーはそれに迎合して、そのような部品の性能を過剰に上げてしまうのだ。
そういった部品に該当するのは、解像度に加えて、画面サイズやRAM, ROMの容量がある。

一方で、定量的に評価しにくい耐久性やCPU性能、サポート面がナオザリになり易い。私が以前使っていた「g07++」はまさにその典型だった。
そういう「羊頭狗肉」を掴まされないためには、その分野の知識を深めるか、世間の評判を参考にするのが良い。

こういった問題はなにもスマホに限らず、様々な製品で起こる普遍的なものだ。私が思い起こすのは、1990年頃のゲーム機産業における「ビット数競争」だ。

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